インドネシア共和国の歴史【植民地支配から独立まで】




インドネシア共和国の歴史【植民地支配から独立まで】

インドネシア共和国の国旗

インドネシア共和国全土

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インドネシアの概要

インドネシアの概要

  • 首都・・・ジャカルタ
  • 人口・・・2億6,600万人(2018年)(世界第4)
  • 通貨・・・ルピア (IDR)
  • 公用語・・・インドネシア語
  • 国土・・・東西に5,110kmと非常に長く、世界最多の島嶼を抱えてる国。
    赤道にまたがる1万3,466もの大小の島により構成される
  • 宗教・・・イスラム教が大多数を占める


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インドネシアの歴史

インドネシアの歴史

オランダによる直接統治

16世紀、香辛料貿易の利を求めて

  • ポルトガル
  • イギリス
  • オランダ

が相次いでインドネシアに来航。

17世紀にはバタビア(現:ジャカルタ)を本拠地としたオランダ東インド会社による覇権が確立されました。

1800年にはポルトガル領東ティモールを除く東インド諸島のすべてがオランダ領東インドとなり、ほぼ現在のインドネシアの領域全体がオランダ本国政府の直接統治下に入りました。

太平洋戦争

日本軍は、

  1. 1941128日、マレー半島コタバルに上陸し太平洋戦争が開戦
  2. 194231日にはジャワ島に上陸
  3. 同月910日には蘭印の中枢であるバタビア(現:ジャカルタ)を占領

そして日本の統治は、オランダ植民地政府により軟禁され、流刑地にあったスカルノを救出して日本に協力させ、この国民的指導者を前面に立て実施されました。

スカルノ・・・
インドネシアの植民地時代(オランダ領東インド時代)から民族主義運動、独立運動において大きな足跡を残した政治家。
第三夫人に日本芸能界で活躍するデヴィ夫人

スカルノは日本に対して懐疑心を抱いていなかったわけではなかったのですが、開戦前に受けたインドネシア独立に対するオランダの強硬な態度に鑑み、オランダの善意に期待できない以上、日本に賭けて見ようと考えたのであったと言われています。

終戦後・独立戦争

1945815日に日本がオランダを含む連合国軍に降伏し、念願の独立が反故になることを恐れたスカルノら民族主義者は同17日、ジャカルタのプガンサアン・ティムール通り56番地で独立を宣言しました。

これを認めず再植民地化に乗り出したオランダ独立戦争を戦うことを余儀なくされました。

独立戦争は4年間続き、オランダに対する国際的な非難は高まり、武力闘争と外交努力の結果、194912月のオランダ-インドネシア円卓会議(通称、ハーグ円卓会議)で、オランダから無条件で独立承認を得ることに成功しました。

ジョグジャカルタ観光

ジョグジャカルタ観光

僕が拠点にしていたジョグジャカルタですが、
1枚目は「ボロブデゥール寺院遺跡」。仏教寺院です。
2枚目は「プランバナン寺院」。ヒンズー教寺院です。
2つとも世界遺産に登録されています。

ボロブデゥール寺院遺跡

プランバナン寺院

出典:よっち様

コメント

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