【お金の歴史】貨幣はどのようにして誕生するのか




【お金の歴史】貨幣はどのようにして誕生するのか

現在、日本で使われている「日本銀行券」は、

  • 政府・日本銀行の法的根拠
  • 信用

があるだけで、物質的価値は約20円位です。

日本銀行券の発行権は誰にあるのか
日本銀行券の発行権は誰にあるのか みなさんが、「お金」と聞いて頭の中でイメージする「モノ」は何でしょうか? 日本人の多くが、この「日本銀行券」をイメージするのではないでしょうか? では、この「日本銀行券」は ...

物質的価値が約20円位なのにも関わらず、

  • 1,000
  • 2,000
  • 5,000
  • 10,000

これらを使ってモノ・サービスを購入できる「見えない力」を持っています。

今回は、

  • 物品貨幣
  • 金属貨幣
  • 紙幣

それぞれの貨幣が、どのような契機で経済の中心になったのかを見ていきます。

スポンサーリンク

物品貨幣の起源

物品貨幣の起源

物品貨幣というのは、間接的な物々交換です。

【お金の歴史】貨幣に必要な機能を探る
【お金の歴史】貨幣に必要な機能を探る 前回、貨幣の起源と言われていた物々交換について見てきました。 今回は、貨幣史に残る 物品貨幣 金属貨幣 紙幣 それぞれの貨幣について、経済学上の貨幣の機能を備え...

世界のどこか一ヵ所から派生的に物品貨幣が広がったというよりは、コミュニティー(一定の集団)毎に、物々交換をするために良い方法はないかと知恵を絞り、そのコミュニティーで頻繁に使用(且つ保存の効くもの)を間に挟む事で、経済圏を作りました。

物品貨幣は、

  • 貝殻や石などを用いる自然貨幣
  • 家畜や穀物などの商品貨幣

に分類されます。

代表的な物品貨幣には、

  • タカラガイなどを用いた貝貨・・・古代中国、オセアニア、インド
  • 石貨・・・オセアニア
  • 大麦・・・バビロニア
  • 布帛(ふはく)・・・日本、中国、朝鮮
  • 鼈甲(べっこう(熱帯に棲むウミガメの一種))・・・古代中国
  • 鯨歯・・・フィジー
  • 牛や山羊・・・東アフリカ

などが存在します。

物品貨幣の歴史

ヤップ島のフェ

ヤップ島のフェ

出典:Wikipedia

21世紀の貨幣論では、特にヤップ島の石貨フェが象徴的に紹介されています。

それはなぜか。

物品貨幣の役割を果たすはずのフェそれ自体の移動が伴わないことが多かったようです。

フェは動かずに、所有権だけが移動していたのです。

前回記事にも書いた、海に沈んでしまったフェ保有する者もいたそうです。

【お金の歴史】貨幣に必要な機能を探る
【お金の歴史】貨幣に必要な機能を探る 前回、貨幣の起源と言われていた物々交換について見てきました。 今回は、貨幣史に残る 物品貨幣 金属貨幣 紙幣 それぞれの貨幣について、経済学上の貨幣の機能を備え...

取り出し不能であるにも関わらず、そこにはフェの保有が存在し、あきらかに信用取引(貸借取引)が生じていました。

つまり、ヤップ島のマネーであるフェは、

  • 債権と債務を管理しやすくするための信用取引・清算システム
  • 信用取引の帳簿をつけるための代用貨幣

現代にも繋がる金融システムの役割を持っていました。

金属貨幣の起源

金属貨幣の起源

そもそも、金や銀は、古来からなぜ「価値あるもの」とされてきたのでしょうか。

宝飾品の用途としては有能なのは明らかですが、古代の人々にとって、貴金属はあまり使い道がありません。

日用品の材料は木材や陶器で十分足りており、武器の材料としては柔らかく、の方がよっぽど硬くて軽く適性です。

このように、木材・陶器・鉄等々と比べて、希少価値はあるものの、物品貨幣の時のように誰もが欲しがる「実質的な価値」は有していませんでした。

では、何故硬貨の素材として使われるようになったのでしょうか。

給料

世界最古の硬貨は、紀元前670年頃にアナトリア半島のリュディアで発明されたエレクトロン貨

エレクトロン貨

出典:Wikipedia

この世界最古の硬貨が発見された時代(紀元前700年~)は戦乱の時代でした。

金属貨幣の歴史

この時代の世界の情勢を見渡すと

  • インド・・・
    マガダ国とコーサラ国の抗争。
    紀元前4世紀後半、ナンダ朝マガダ国をチャンドラグプタが打倒し、インド初の統一王朝であるマウリヤ朝マガダ国が成立。
  • 中国・・・
    春秋戦国時代
    古代中国における周王朝の後半期に区分される時代であり、紀元前770年に周の王都が洛邑へ移されてから、紀元前221年に秦が中国を統一するまでの期間
  • ギリシャ・・・
    ペルシア戦争・ペロポネソス戦争に代表されるような戦争が起きている。
  • ローマ・・・
    この時期は、イタリア中部の都市国家から、地中海世界の全域を支配し、巨大国家にまで飛躍的に成長する共和政ローマ。

戦争は絶える事がありませんでした。

戦争には兵士が必要です。

何もインセンティブが無く、戦争に加勢したい人なんかいないはず。(インセンティブがあっても戦争に加担はしたくないものです)

戦争をすればするほど、支配地が増え、

  • 軍隊を強化する為の兵士
  • 支配地をコントロールするための管理者・守衛者

君主にとって、兵士を上手く利用して自国の軍をコントロールする事が戦争において重要になってきます。

君主・・・
一般に、世襲により国家を治める最高位の人。
伝統的に、国家で特定の一人が主権を持つ場合、その主権者が君主であり、王・帝王・天子・皇帝等とも呼ばれる。

見事に敵に勝利すれば、

  • 武器
  • 食料
  • 衣料
  • 宝飾品

を略奪できます。

武器・食料や衣料は、そのまま軍の維持に使えます。

問題は、宝飾品です。

金銀財宝で作られた装飾品の数々は、貴重なのですが使い道がありません。

有能な君主は、この宝飾品の実に有効な用途を思いつきました。

彼らは、まずこの金銀財宝を溶かして、一定の大きさのコイン状に加工、そして、その硬貨を兵士への給料として支払いました。

税金

君主は、兵士に硬貨を配ると同時に、自国民に対して「硬貨での納税」を布告したのです。

この瞬間、兵士を含む国民は硬貨を集めるのに必死になるのです。

一般国民は納税するため、兵士の持つ硬貨を手に入れる必要があり、彼らの欲しがるものを提供しようとします。

このようにして、硬貨による取引が行われるようになりました。

硬貨が納税方法として定められた途端、食物や嗜好品と交換できる貨幣へと変貌を遂げたのであります。

金属貨幣の歴史

金属貨幣の歴史

紙幣の起源

紙幣の起源

紙幣の歴史

スペインのカスティーリャ王国は、アメリカ大陸の植民地化によって金銀を獲得し、

  • 16世紀にはスペインのエスクード金貨
  • レアル銀貨

が国際的な貨幣として流通しました。

このアメリカ大陸からの金銀流入は、価格革命と呼ばれる現象の一因とも言われています。

価格革命・・・
大航海時代以降の16世紀半ば以降、

  • メキシコ
  • ペルー
  • ボリビア

などアメリカ大陸から大量の貴金属(おもに銀)が流入したことや、ヨーロッパ等各地の商業圏が結びついたこと(商業革命)で需要が大幅に拡大されたことで、全ヨーロッパの銀価が下落し、大幅な物価上昇(インフレーション)がみられた現象

この価格革命を起因として、

  1. 西ヨーロッパの金銀の価格は高騰
  2. 人々は盗難や磨耗の危険を避けるために金銀を貴金属細工商である金細工職人の金庫に預け
  3. 預り証として金細工職人が発行する証書を受け取りました。

この証書は金匠手形とも呼ばれ、これが銀行券の原型と言われています。

金匠手形

そして、人々は金銀を金細工職人の金庫に預けたまま、金匠手形で、直接取引を行うようになっていきました。

この金匠手形、所詮は個人の金細工職人が発行した預り証

信用の程度は知れており、流通できる地域は市場単位の限定的なもので、全国に流通することはありませんでした。

現在のシステムに例えるなら、「ポイントカード

例えば、「楽天ポイント」。

楽天市場でのネットショッピング、楽天と提携している企業での買い物では、支払い手段として「楽天ポイント」が使えますが、日本全国どの店舗でも使えるわけではありません。

つまり、楽天経済圏だけでの貨幣

対して、日本全国どこでも、支払い手段として使える貨幣が日本銀行券

話を金属貨幣に巻き戻します。

金属貨幣の硬貨は、納税の義務によって、各国のソブリンマネーとなったと説明しました。

ソブリンマネー(sovereign money)・・・
ソブリンを和訳すると、「主権者」「国王」「統治者」。
現代の「ソブリンマネー」は中央銀行が発行する貨幣の事。
中央銀行制度以前の「ソブリンマネー」は、その国を統治している者(国王等)が発行する貨幣。

では、紙幣はどのようにしてソブリンマネーとなったのでしょうか。

イングランド銀行

1694年にイギリスでは

  • 戦費調達
  • 信用貨幣供給のため

イングランド銀行が設立されるのですが、それまで金属貨幣が中心となり経済が回っています。

ソブリン金貨

この時、ソブリンマネーは、ソブリン金貨

厳密に言うと、このソブリン金貨という用語は、金貨をソブリンマネーとして使っている国に対して使われているわけはなく、イギリスの1スターリング・ポンドに相当する金貨を指す名称です。

スターリング・ポンド(pound sterling)・・・
現在も使われているイギリスの通貨単位。

スターリング・ポンド

出典:Wikipedia

現代銀行の始まり

この時期、イギリスでも人々は金銀を金細工職人の金庫に預け、金匠手形を手にし、その金匠手形を利用して直接取引も行われています。

しかし、この金匠手形という預り証は、あくまで金細工職人の個人発行なので、イギリス全国民が信用するような貨幣にはなっていません。

この時、金細工職人は自分のビジネスモデルの拡大の為、近現代の銀行の「貸出」の役割を始めます。

金細工職人

例えば、金細工職人Xさんがいるとします。

ある月の金細工職人Xさんの処に、金銀を預ける顧客は5人いて100グラムずつ預け、
金銀と引き換えに金匠手形を受け取ります。

この時点で金細工職人Xさんの処には、金銀500グラムが保管されています。

このビジネスで経験を積むうちにに金細工職人Xさんは、ある事に気が付きました。

それは、金銀200グラムが毎月、保管されたままという事でした。

顧客が、毎月、金銀を取りに来るわけではなかったためですね。

そこで、金細工職人Xさんはリスクを取ります。

  1. 金細工職人Xさんは、金銀と引き換えに振り出していた金匠手形を、金銀という担保なしに振り出し
  2. その担保なしに振り出した金匠手形で、金匠手形が使える店舗で買い物をし始めます。

元々、金匠手形金細工職人が独自に発行しており、発行権は金細工職人にあります。

しかし、金銀を預けている顧客が一斉に、金匠手形と引き換えに金銀を金細工職人の処へ取りに行くとどうなるのか。

皆さんもお分かりのように、

  • 足りない金銀を他の金細工職人から調達するか
  • 足りない金銀を市場から購入するか
  • 破綻して信用を失うか

等々が考えられます。

このように、金銀と引き換えに

  1. 金匠手形を振り出す金細工職人がイギリス全土に現れ
  2. それぞれが独自の金匠手形を発行するようになり
  3. 多種多様な金匠手形が現れました。

しかし、それぞれの紙幣が金細工職人の信用力に依存することになったため、やがて金匠手形を発行する権限を持つ金細工職人が統合されます。

それが、銀行です。

近現代の銀行のはじまりは、政府のような中央集権型の銀行ではなく、民間から出来た商業銀行なのです。

遠回りしましたが、イングランド銀行に話を戻します。

先にも述べたように、設立の契機は

  • 戦費調達
  • 信用貨幣供給

1689年にウィリアム3世がオランダから呼ばれ、イングランド王に即位しました。

ウィリアム3世は着任早々、フランスと九年戦争(16881697年)を開始します。

この戦争は、戦費の大部分が

  • 税収
  • 短期借入金

でまかなわれました。

短期借入金は、議会が承認した新税からの先借りであり、、、、

議会??いつから議会の承認が必要になるほど国王の絶対的存在が弱まったの?と思う方がいるかもしれません。

またまた脱線して申し訳ありませんが、議会の話をしないと、この先の理解に苦しむので、要点だけ記述します。

マグナ・カルタ

皆さんも、単語だけ聞いたことがあるかもしれない、マグナ・カルタ

マグナ・カルタ(the Great Charter of the Liberties)・・・
和訳すると「自由の大憲章」。
イングランド王国においてジョン王により制定された憲章。
イングランド国王の権限を制限したことで憲法史の草分けとなりました。

その主な内容は

  • 国王の徴税権の制限
  • 教会の自由
  • 都市の自由
  • 不当な逮捕の禁止

また、

  1. 12条で、国王が軍役金を賦課する場合は、諸侯の会議に承認を得る必要があると記載され
  2. 後に、国王といえども議会の議を経ずに課税は出来ない、と解釈され
  3. 法の支配議会政治の原則の意義が求められています。

掻い摘まむと、法をも超越した絶対的権力者だった王が、ついに法の制限を受けるようになり、議会が尊重されるようになりました。

このマグナ・カルタは1215年に制定され、現在でもイギリスにおいて憲法を構成する法典の一つとして効力を有しています。

権利の章典

話は戻り、ウィリアム3世
この時代にウィリアム3世権利の章典を制定・発布します。

権利の章典・・・
イングランド国王の存在を絶対前提とした上で、国王に忠誠を誓う議会および国民のみが享受できる権利と自由を定めた法律

内容は

  • 議会の同意を経ない法律の適用免除・執行停止の禁止
  • 議会の同意なき課税、平時の常備軍の禁止
  • 議会選挙の自由、議会内の発言の自由、国民の請願権の保障
  • 議会を召集すること

等々で、現在のイギリスでの不文憲法の根本法ともなっています。

これら「マグナ・カルタ」「権利の章典」の制定・発布により、
国王の絶対的存在が弱まり、議会及び国民の存在が尊重されてきました。

イングランド銀行の設立

さて、ウィリアム3世のフランスとの九年戦争の話に戻ります。

当時最強国だったフランスとの戦争により戦費が増大していきます。

歳出は600万ポンド。

戦費を賄うため、ウィリアム3世は増税し、その結果、歳入は年400万ポンドまで確保します。

新たに金属貨幣を鋳造しようにも、原料の金銀が枯渇しています。

そこで、議会が承認した短期借入金をゴールドスミス・バンカーや商人から借り、戦費を賄うことになります。

ゴールドスミス・バンカー(Goldsmith banker)・・・
ゴールドスミスとは金細工職人のファミリーネーム。
和訳するとゴールドは「」。
スミスは、アングロ・サクソン語(古英語)の「職人

ゴールドスミス・バンカーは、

  • 金を保管する堅牢な大型金庫を保有
  • 顧客の金を預かる金保管業務を営み
  • 金と引き換えに金の預り証(金匠手形)であるゴールドスミス・ノートを発行

バンカーは、皆さんご存知のように和訳は「銀行家」。
ゴールドスミス・バンカーは、「金細工職人兼銀行家

ここで問題なのが、短期借入金が時として30という高金利で借入れし、資金繰りを行っていたということです。

ウィリアム3世自身は、もともとオランダからきた国王でありフランスに勝利する事だけに集中していたため、国庫がどうなろうとも、特に困ったりはしなかったのだと思います。

さてフランスとの戦争に夢中なウィリアム3世、短期借入金で80万ポンドを調達。

しかし、残りの不足分120万を調達する手段が見つかりません。

そこに、スコットランド出身でカリブ海賊だったウィリアム・パターソンという民間人が

  • 民間から出資を募ってイングランド銀行を設立
  • 8%の年利で120万ポンドで国王に貸し付ける

というアイデアを出しました。

時に30という高金利で借入れをしていたウィリアム3世にとって、8%の年利で借入れが出来るというのは魅力的に映り、イングランド銀行は、1694年に発布された財源調達法という法律の中に記載されることで、正式に創設されました。

財源調達法(トン税法)

皆さんお気づきかもしれませんが、このウィリアム3世の時代のイギリスの財政事情は悲惨です。

戦争するために、増税して国民から徴税し、それでも足りないので短期借入金を調達します。

その為、当時の国王の信用は全くありませんでした。

権利の章典で国王の権力が制限されてはいるものの、絶対的存在であることには変わりありません。

歴史上、国王の代替わりに合わせて借金を踏み倒すケースもあり、多くの金貸商人が破産しています。

貨幣を貸したくはないけど、絶対的存在の国王に逆らうわけにはいきません。

その信頼力の無さが、時として借入金利30という高金利で設定されることがあったのです。

そこで知恵を絞ったのが民間出資のイングランド銀行

イングランド銀行設立の根拠法は、財源調達法(トン税法)です。

この法律の中に、トン税(港に停泊する船にかける税金)や酒税の一部を、必ず利息の支払いに充てることが明記されました。

権利の章典が発布されており、国王であるウィリアム3世といえども、法の制限を受ける存在です。

法律を無視して借入金を踏み倒すことは出来ません。

この仕組みを元に、イングランド銀行は民間から出資金を募りました。

貸し倒れるリスクの少なさから、富豪たちはイングランド銀行へ出資。

公募からわずか2週間余りで120万ポンドが集まったのです。

通貨発行権

イングランド銀行の設立には、国王の借入金の利息の支払いを法律に明記するという工夫ともう一工夫ありました。

その工夫とは、国王への融資と引き換えに銀行券発行の許可をもらうこと。

財源調達法に、

  • トン税を利息の支払いに充てる」ということの他に、
  • 国王に融資する予定の120万ポンドと同額まで、銀行券を発行する権利

を明記してもらったのです。

この条文を根拠に、イングランド銀行は120万ポンド分の銀行券を発行し、それを国王へ貸し付けたのでした。

このシステムこそ、現代の中央銀行・政府の関係の原型であり、各国毎に法律で細かい規定がされています。

コメント

  1. […] 貨幣の歴史お金(貨幣)の歴史 「お金(貨幣)」と上記の様に書いた理由は、「お金」と記述した方が、モノやサービスを購入する際に交換するものの決済手段としてイメージがしやすいかと思い、「お金」と記述していましたが、経済学上は、「貨幣」と呼びます。 …elite-lane.com2018.08.05 貨幣はどうやって誕生したのか貨幣はどうやって誕生したのか 定説として貨幣の歴史の中で、貨幣の起源とも言われていた「物々交換」。 「物々交換が元々あり、物々交換の不便さを解消するために貨幣が生まれた。」というのが貨幣史の定説でした。 ですがこの話と…elite-lane.com2018.08.07 貨幣の起源に迫る貨幣の起源に迫る 物品貨幣 金属貨幣 紙幣 一般的な「貨… […]

  2. […] 貨幣の起源に迫る貨幣の起源に迫る 物品貨幣 金属貨幣 紙幣 一般的な「貨… Monetary theory シェアする Twitter Facebook0 はてブ0 Pocket0 LINE adminをフォローする admin Green Apple Archive […]